五つの願い
2010年10月18日
ふだん子供たちの学んでいる教室が、ときおり舞台に例えられることがあります。そんなとき、私は教室という舞台にいる子供たちに次のような五つの願いを描いています。
先ず主役であってほしい。自分が考えていることや思っていることを観る者にしっかりと伝えられる主演男優であってほしいし、真剣に打ちこんでいる姿が観る者に感銘を与える主演女優であってほしい。思っていることをやっと伝えられたときや、考えてきたことが分かってもらえたと実感できたとき、子供たちから思わず笑みがこぼれます。まさしく千両役者です。素敵な笑顔です。
次に脇役を演じられる俳優であってほしい。演じている主役に共感している助演男優や、役割分担をわきまえている助演女優は舞台を引きしめます。通りがかりのはずの通行人から、予定外の台詞が突然飛び出してくると、観客が困惑します。何事も連携しあうことが大切です。身振り手振りで話す友だちの言葉に一つひとつ頷きながら聞いていたり、やっと奏で終えたり描き終えたりした友だちの姿を自分のことのように喜んでいたりする子どもたちの姿は素敵です。
また、舞台の出演者は、よき小道具係であってほしい。そのときの舞台に必要なものがなかったり、不必要なものがあったりすると、舞台は台無しです。出演者は何が必要か分かっていなければなりません。出されたものしか持っていないのでは、舞台は務まりません。教室での学習も全く同様です。国際試合では、遅刻はもちろん、ユニフォームや用具を忘れただけでも出場停止だそうです。世界は厳しいのです。
そして、舞台に出る者は、演出家であってほしい。演出家というのは、出演者に注文をつけるだけではなく、一人ひとりの役割を充分把握して、舞台を構成していく者であってほしいと思います。舞台の全体像が見えて初めて、一人ひとりの台詞や仕草が生き生きとしてきます。教室で学ぶときも、一人ひとりの友だちが話していることや、していることが、自分が考えていることや行っていることと、どこが同じでどこが違うのか気づくことができれば最高です。その場にいるだけで、何人分かの学習を、一遍にしたことと同じことです。
そして最後に、舞台の出演者は、脚本家であってほしい。舞台の全体像が見え、全体像の流れに気づいて初めて、一人ひとりの役者さんのそれぞれの台詞が生きてきます。一人ひとりの一言ひとことが、掛けがえのない言葉となって感じられます。いま教室で学んでいることの、過去、現在、未来に思いを馳せられるといいですね。
教室で学ぶ子供たちは、主役、脇役、小道具係、演出家、脚本家であってほしいと思います。欲ばりでしょうか。