ある日の参観授業
2009年12月03日
「先生、ありがとうございます。あのように教えていただきながら、(うちの子が)分からないよ
うでは……」
授業参観が終わって、帰りぎわにN君の母親が、私に話しかけてきました。机のそばでわが子の様子を見ていたが、あまりにもふがいない誤りをおかすので、勝気な母親はいたたまれなくなり、おもわず私のところへかけよってきたのです。ため息まじりに、語気を荒げて話してきました。その勢いに気おくれし、私はただただ耳を傾けるだけでした。
このN君の母親の気持ちとは裏腹に、私は満足感を味わっていました。この日の授業のために必要な準備はしてあったし、指導の着眼点も悪くないという自信がありました。そして、何よりも嬉しかったのは、クラスの子供たちが静かに考え、活発な意見を出していたことでした。
二、三日後のあるとき、年輩の先生が私に静かに語りかけてきました。
「なあ、三浦君。小学校の授業は、大学の講義とちがうよ。」
初めは何のことか分かりませんでした。あまりに突然のことだったからです。
かけだしの若い私がどんな授業をするのか気がかりで、参観日の授業を遠くから見ていたのでした。それに対する助言だったのです。
「自分の考えを主張するのは大切なことだが、もっと大切なことは、子供に何を考えさせるかだ
よ。子供に教えること、考えさせること、経験させること、気づかせることなどを、指導者は
きちっと把握していなければいけない。」
というような旨でした。N君の戸惑いと母親の心配は当然である、ということでした。もの静かな口調でしたが、耳の痛い話であり、ただただうなだれるばかりでした。
あのころは気づきませんでしたが、いま考えてみますと未熟な授業設定だったことが思い出されます。学習活動の構成が甘かったのです。一人ひとりの子供の個人差への配慮が欠けていたから、N君は“静か”だったのです。母親の“ため息”はもっともであり、ため息を誘うような授業だったのです。かけだしのころとはいえ、いま思いおこしてみますと赤面の至りです。でも、N君親子のような多くの方々に支えられて今日の私があると思うと、感謝の気持ちでいっぱいです。


