科長ブログ

自覚を持たせ、責任感を養う教育

2009年07月25日

「まだ、戦後30年しか経っていない。」
 誰に話すともなく呟かれた福田先生の言葉です。福田先生は、私が初等科赴任時の初等科長であり、同じ算数部に所属していました。何かのお話を伺っている折に呟かれたことを覚えています。
 この「30年前」の初等科は大変な時期でした。
「昭和19年5月12日、学童疎開で沼津へ出発。7月21日帰京。8月28日、修善寺へ出発。翌年3月10日帰京。20日、目白本院で卒業式。疎開中は、警戒警報、空襲警報、B29の来襲などの中で授業。翌4月からは全学年日光疎開、1年生主管。」
これは、昨年亡くなられた土田治男先生の述懐です。
 このころの東京は、空襲の危険にさらされていましたので、3年生以上の初等科生は、二手に分かれて疎開生活が始まりました。東京勤務の先生方は、防空壕作りなども行い、ここは戦場であることをいっそう実感したそうです。このような変遷をへながらも、
「学習院の教育方針は一貫したものがありました。それは、児童・生徒の身分を考えて、国家社会の指導的立場にあるという自覚を持たせ、それに対する責任感を養うという教育です。」
と福田先生は述べておられます。(福田正一郎著「回想 初等科と共に」学習院教養新書9より)


 戦後、安倍能成院長のもとに新学習院が発足し、そのときの心情と理念は、「正直と思いやり」、「自重互敬」という言葉をとおして卒業生の胸に刻まれていますし、学習院院歌をとおして今でも歌いつがれています。
 今、初等科では、「学ぼうとする子ども、学びあおうとする子ども」の育成をめざしています。児童が自分の考えを持つのは当然としても、級友の考えを知ることにより、自分の考えをいっそう広め、深めていってほしいと考えるからです。
 そして、いつの日か、初等科生が、「おのがじし育て鍛えて、もろともに世にぞ捧げん」という一人前の人間に成長していくことを私たちは願っています。

三浦芳雄(学習院広報第82号より)