科長ブログ

A男の落胆

2009年06月20日

 算数の苦手なA男が、カラープリントのテストとはいえ、95点をとりました。1つまちがえただけです。低学年のころとちがい、5年生ともなると、なかなか満点はとれません。ふだんは80点前後を行き来しているだけに、喜びもひとしおです。私も嬉しかったです。
「早くお母さんに見せて、ほめてもらいなさい。」
 私は思わず、そう言ってしまいました。いつも心配している母親の表情を思い出したからです。A男もうなずいて飛ぶように帰って行きました。
 翌日、A男が何と言ってくるのか、その第一声が楽しみでした。昨晩の親子の笑顔と笑い声を思いうかべていたからです。
 でも、A男は私と視線を合わせようとしません。むしろ避けています。話したがりません。
 しばらくして分かりました。
「100点は何人いたの。」
 お母さんの言葉だったそうです。ほとんどの者が満点だった、とは言えるはずもありません。A男のがっかりした気持ちが、よくわかります。ほめてほしかったのです。すぐその場を立ち去ってしまったことでしょう。
 では、このときA男に、どんな言葉をかけてあげたらよかったのでしょう。

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 このことがあってから、しばらくしたある日、私は友人のことを思い出しました。彼が駆けだしのサラリーマンだったころのことです。自動車のセールスをしていました。自動車の運転は大好きですが、セールスなどしたことがありません。売買契約など取れるはずもありません。それでも、友人、知人、親戚などを頼り、なんとか数台の契約をとったそうです。多い数ではないが、新米の自分としては頑張ったと思う。自分としては自分をほめてやりたい、と当時のはやり言葉をまじえて話していました。
 ところが、このことを上司に報告に行くと、営業所長の第一声は、
「君、うちの営業所は2桁が当たりまえだよ。」
ということでした。目の前が真っ暗になったそうです。しばらく立ち上がれなかったとも言っていました。

 それから何年か後、彼と再会しました。営業所長になり何か所か渡り歩いています。
 私は聞きたかったことを聞いてみました。いまの営業所にも、かつての彼のような新米部下がいるはずです。そのとき何と言っているか聞きたかったのです。照れながら話しだしました。
「2桁の契約が取れるまでどれぐらいかかるかな。がんばれよ。」
 いい言葉だな、と思いました。あのとき、この言葉をA男にかけてやりたかったと思いました。

三浦 芳雄(初等科だより 第231号「随想」より)